私の社会人としてのキャリアは銀行でスタートしました。入行当時は毎日がしんどくて、プライベートも上手くいかなくて、自分の中で暗黒時代と位置付けているのですが(笑)、キャリアのスタートが銀行でよかったなと、今になって思うこともいくつかあるんですよね。
今日はその中の一つについて書きたいと思います。
キーワードは、「レッテルを貼られる」ということについて、です。
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あなたが上記のようなことを考えているのであれば、参考になると思いますので、ぜひ読んでみてください。
★CONTENTS★
レッテルを貼られるということ
人にレッテルを貼るのは良くない、表面的なことで人を判断してはいけない、とよく言われますよね。
これは本当にその通りだと思います。人の本質を知るには、表面的なことを知るだけでは事足りない、というのは、人材業界で働いている今、本当によくわかります。
しかし、人はレッテルを貼る生き物である、というのもまた事実であると思うんです。レッテルを貼るというのは、言い換えると、自分に見えている事象・事実をもとにその人がどういう人であるかを判断すること、です。
レッテルを貼られることを体験した銀行員時代。
銀行に勤めていたころ、こんなことがありました。
外回りに出始めたころ、実績らしい実績も挙がらず、上司の下請け仕事をしても上司に満足してもらえる仕事ができず、みたいなことが続いていました。
ある日、凡ミスをやらかしました。確か、災害時などの緊急連絡先のメールアドレスを更新する、みたいな事務的な作業だったと思います。
納期を過ぎてしまい、更新ができなくなってしまったので、それを上司に報告しました。当時は小さいミスだと思っていたのですが、その点について大変強い口調で叱られたのを覚えています。
「お前は何でそういうことをやるんだ。そういうことばっかりやってると、そういう人間だって思われるようになって、それなりの評価を受けることになるんだぞ」
そういこと=細かいミスばかりする人間、ルーズな人間、小さいことも納期通り遂行できない人間、という意味だったのだと思います。
要するに、そんな風に思われる人間に、安心して仕事は任せられないし、評価だって良いものはつけられない、ということです。
当時、若かった私はこんな風に思っていました。
「なんだよ、細かいミスに目くじらを立てて。あれだってこれだって、ちゃんとやっていることもたくさんあるじゃないか。この人は悪いことにしか目を付けない人なんだな、俺はそんなダメ人間じゃない、レッテルを貼るな」と。
何という思い上がりでしょうか。今思うと恥ずかしくなります(笑)。
忙しい日々の中、人は一人の人のことをどれだけ考えられるか。
しかし、社会人経験を積んでいくと、自分も同じように人にレッテルを貼っていることが分かります。
もう一度書きますが、レッテルを貼るというのは、言い換えると、自分に見えている事象・事実をもとにその人がどういう人であるかを判断すること、です。
例えば、
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やはり、その人はそれなりの評価を受ける=
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と認識されるわけです。
だからと言って、見えている点だけでその人のことを嫌いになったり、人格を否定したりするのはやりすぎですが、見えている点の要素に関しては、それなりの評価を受けることになるのです。
まとめ 悪いレッテルを貼られるのが嫌なら、良いレッテルを貼られるようにすればいい。
人からこう思われたい、とか、こうは思われたくない、というイメージがあるのであれば、そう思われるためにはどういう行動をとればいいのか、を考えて実行する必要があります。
銀行は、「信用」を扱う仕事であるが故、「行動の実績」には厳しいものがありました。(ちなみに、銀行がお金を貸すことなどを「信用を与える」と書いて「与信」といいます)
みんな、忙しい毎日を過ごしています。その日々の中で、自分の本当の姿、本質まで見てくれている人がどれほどいるでしょうか。
特別な存在の人であれば、そこまで見てくれるかもしれませんが、大半の人は行動の実績によって、自分のことを判断します。
自分が見られたい姿があるのなら、そう評価されるための行動をとることが大事です。私は「人が安心して仕事を任せられる存在になりたい」という思いがあるので、納期が絡むものは小さいことでも守るように心がけています。
3回目ですが、レッテルを貼るというのは、言い換えると、自分に見えている事象・事実をもとにその人がどういう人であるかを判断すること、です。
意思を持って行動を変えていきましょう。




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